2022年8月15日 (月)

77年~伊勢崎空襲と千鳥ヶ淵戦没者墓苑

2022年8月15日(月) 77年~伊勢崎空襲と千鳥ヶ淵戦没者墓苑

 今日は、終戦から77年。節目の年、節目の日でした。

 伊勢崎は、1945年8月14日の深夜から8月15日の未明(午前2時15分)にかけて米軍の空襲を受けました。熊谷等と並んで最後の空襲を受けた街でもあります。関連する資料、映像を探していて、伊勢崎高女(現伊勢崎清明高校)の女学生の経験を描いたYoutube の動画を見つけました(下記url.)。「憧れの赤い屋根」という言葉に、当時の伊勢崎高女、高女生への憧憬の気持ちを感じます。そんなドキドキわくわくの女学校生活が何故こんなことになってしまったのか。幸いにして主人公の家族は皆無事(級友は亡くなったりしていますが)だったものの、そんな家族の物語だからこそ、日常の連続にこの事態があったことがよく分かります。先日、伊勢崎織物業協同組合を訪問した際に、戦前の立派な建物の写真を拝見して、「当時、中島飛行機の設計部が織物業協同組合の会館に移ってきていたこともあり、集中的に空襲を受けて焼け落ちたのだ」というお話を伺いました。これもまた貴重な地域の記憶です。上記映像を「伊勢崎市図書館」のYoutubeチャンネルが「伊勢崎空襲を語り継ぐ会」から提供を受けてアップしていることも印象的。公共図書館の果たし得る重要な役割だと思います。伊勢崎市図書館、Good job!

 今日は、日本全国で様々な8月15日の記憶が呼び起こされていることでしょう。そして、これが実感を伴う平和への願いに繋がるのだと思います。上辺だけの平和論は時として脆い。日常の連続にある戦争だからこそ、どうしたら防げるのか、改めて自分の身に問う機会となりました。

 そんな今日は、東京で千鳥ヶ淵戦没者墓苑にお参りして、伊勢崎に帰ってきました。このブログでも繰り返し書いていますが、毎夏千鳥ヶ淵にお参りするのは、学生時代以来もう40年近くにわたる欠かせぬ習慣、というか自分にとって大切な取組となっています。肩肘張らず、でも決して忘れず。「諦めの悪い男」というのが先日の大河のタイトルにもなっていましたが、これは忘れない、諦めない。改めて想いを新たにしました。

 

(cf.)

特別企画 わたしたちが駆け抜けた青春 伊勢崎空襲の記憶

 https://www.youtube.com/watch?v=hUHDWgor458

 

2022年7月13日 (水)

『今、もっとも"HOT"な街・伊勢崎』

2022年7月13日(水) 『今、もっとも”HOT”な街・伊勢崎』

 先月来の猛暑、そして昨日は埼玉で豪雨と、荒っぽい天気が続きます。

 伊勢崎でも、6月に全国初となる40度超えを2度体験し、厳しい夏の始まりとなりました。上州なので、特に夕刻になると風は吹くのですが、その風が熱風(?!) という状況で、子供の頃読んだ西遊記の火焔山の挿絵を思い出しました。サウナのロウリュウを浴びている感覚とも言えるでしょうか。

 そんな中、先週末、伊勢崎管工設備協同組合の皆さまから寄附をいただいて、伊勢崎駅前に冷却ミストを設置しました。自分も週末に様子を見に行ってみたのですが、結構盛大に出ていて、気分まで涼しくなりました。

 標題の『今、もっとも"HOT"な街・伊勢崎』というのは、これを報道していただいた群馬テレビがつけてくれたキャプションです。お隣の桐生などとともに元々暑い地域ではあるのですが、それを逆手に取って前を向こうという感覚が表れていて、いいなと思いました。ぜひ、この気概で暑い夏を乗り切っていきたいと思います。皆さま、どうぞご自愛ください。

 

(cf.)

 今、もっとも“HOT”な街・伊勢崎 駅前に冷却ミストを設置

  https://nordot.app/918107465358426112

 

2022年6月22日 (水)

金子奉義さんを悼む

2022年6月22日(水) 金子奉義さんを悼む

 去る6月16日、公益財団法人国際研修交流協会(ACT)金子奉義理事が亡くなりました。本日ご葬儀があり、とんぼ返りでしたが参列させていただきました。ご自宅近くの我孫子で行われたご葬儀には、全国津々浦々からご縁をいただいた方々が集まってきました。タクシーで行き先を言ったところ、先ほども名古屋からのお客さんを乗せましたとのこと。自分も群馬県伊勢崎からです、とても大事な方のご葬儀なので、などとお話ししながら斎場に到着しました。

 いつものように半分事務方として、数多くいただいた電報の中から読み上げてもらうものをピックアップしたり、指名焼香していただく方のお名前、役職等を確認したり。永年の国際交流のお仕事(というか、生き方そのものだったような気もします)もあり、駐日ベネズエラ大使館イシカワ大使など国境を越えた参列、電報等も多く、また早稲田雄弁会以来の永年の盟友、額賀福志郎衆議院議員も出棺まで参列いただくなど、本当に多くの方々が心を寄せたご葬儀でした。中でも喪主である奥様のご挨拶が秀逸。この奥様あっての理事だったのだなという想いを新たにしました。

 自分は、平成5年(1993年)に勉強会に参加させていただいて以来なので、もう30年近いご縁なのですが、本当に30年変わらぬ(恐らくは生涯変わらぬ)その情熱に改めて背筋が伸びます。

 実は、つい先月(そう、まだ1か月と少しにしかならない。本当に信じられない思いです。)、伊勢崎にもお越しいただきました。「貴方が行ったから行くよ、小渕の墓参りもして。。」とおっしゃり、いつものようにお元気そのもので、直後にある沖縄のセミナーのこと、日中のこと等々色々なお話を伺いました。告別式後奥様とお話をする機会があった際におっしゃっていた、「何かやっている間にも、どんどん新たにやりたいことが膨らんでくる。その意味で、やりきったとか、やることがなくなるということのない人だった」というお話が印象的。そんな理事が、年の初めに珍しく「いい人生だった」と奥様におっしゃっていたとのこと。

 会津のご出身で、東日本大震災後、毎年福島で震災からの復旧、復興をテーマにセミナーを開催し、数々の提言をしてきたこと。各国、各界、各地域に様々な知己を持ち、皆が金子さんのおっしゃることなら、と前に行くべく取り組むこと。自分にとっては、もちろん大恩ある人であり、父のようでもあり、稚気にあふれる素敵な人生の先輩でもあります。最後に棺を担がせていただきながら色々な想いが胸をよぎりました。

 本当に、本当に有り難うございました。ゆっくりお休みください。

 

2022年5月29日 (日)

第89回日本ダービー

2022年5月29日(日) 第89回日本ダービー

 暑い一日でした。今日は、第89回日本ダービー。武豊騎手騎乗のドウデュースがダービー・レコード(日本ダービーの新記録。五輪新みたいな感じ(?!))で勝ちました。ラスト直線の入口でスパートしてトップに立ち、一旦緩んでから再度突き放すという無茶苦茶強い勝ち方でした。2着に入ったイクイノックスも皐月賞に続く2着で残念ではあるんですが、とても綺麗な走り方をする馬で、今後が楽しみです。馬の走る姿、改めて惚れ惚れします。。



https://news.yahoo.co.jp/articles/3c26e4acf8af46abfb874433fe6c075510f5f311

 

2022年5月15日 (日)

沖縄復帰50年

2022年5月15日(日) 沖縄復帰50年

 今日、2022年5月15日は、1972年のこの日、沖縄が本土に復帰(と言ってましたよね)してから50年の正に節目の日でした。本日午後、政府と沖縄県の主催で行われた復帰50周年の記念式典は、沖縄と東京をオンラインで結ぶ“今風”のものでした。式典自体は、岸田総理、玉城知事の式辞、陛下のおことばに続き、色々な方々の挨拶があり、その後に50年前にも行われた県立那覇高校合唱部の合唱で締めくくるというシンプルなものだったのですが、その中でも陛下のおことば、対馬丸記念会代表理事の高良政勝さん、そして全国知事会会長の平井鳥取県知事の挨拶が印象に残りました。 

 陛下のおことばは、陛下自身の体験や課題に言及されるなど、こうした公式の式典におけるご挨拶としては極めて異例なものでした。高良さんの挨拶は対馬丸乗船経験者として、世界の平和を願うもの。そして、平井知事のご挨拶では、島田元沖縄県知事のお話が出ることは予想通り(?!)でしたが、『てぃんさぐぬ花』を歌われたのは驚きました。青年代表の方も那覇高校合唱部の皆さんも、それぞれの方にそれぞれの想いがあることがよく分かる式典でした。

 各登壇者が言及された沖縄の課題は、沖縄県内の事情だけで発生しているものではありません。自分たち自身も含め、忘れられない、忘れてはならない一日を過ごしました。 

 

 (cf.)

沖縄復帰50周年記念式典:沖縄県ホームページ

https://www.pref.okinawa.lg.jp/site/chijiko/hisho/okinawa50hukkisikiten.html/

陛下のおことば全文(日本経済新聞)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE139XL0T10C22A5000000/  

2022年4月28日 (木)

山 笑う

2022年4月28日(木) 山 笑う

 親戚に不幸があり、本日、急遽日程を調整させてもらって、大阪に行ってきました。 久々に東海道新幹線で往復したのですが、行き、名古屋を出て木曽三川を渡り、懐かしの伊吹山系に入った頃、ふと周りを見回して、山の色の変化に気づきました。 広葉樹系の新緑が、浅い緑色でモクモクと雲が涌き出るように萌え出でる。そうだ、この季節はこういう感じだった、と改めて思い出しました。「山 笑う」とは良く言ったもので、正に山から笑いかけられているような心持ちがしました。

  優しかった故人を偲び、このGWは市内最高峰の峯岸山(標高168m(!!))に登るか、或いは毎朝家から臨む赤城山にまで足を伸ばしてみるか、などと思った1日でした。

2022年4月24日 (日)

旦過市場火災に想う

2022年4月24日(日) 旦過市場火災に想う

 先週火曜日(19日)未明、北九州の旦過市場で火災が発生しました。一報を聞いて、あの店、この人と思い浮かべることも多く心配していました。幸い人的被害はなかった(この点は本当に良かった。心底良かったです。)ものの、40軒以上に延焼し甚大な被害をもたらしました。

 旦過市場は、ニュースなどでも「北九州の台所」と紹介され、それは間違いないのですが、自分などには、更にそれを越えて「心のふるさと」のような気持ちもあります。元気なときには更に元気に、元気のないときには歩くだけでじわっと元気をもらえる場所でした。近隣の小倉昭和館は、ガラスなどは割れたものの延焼は免れたとのことで、樋口館主は、早速被災者の方を受け入れるなどの活動をされています。市役所も応援相談窓口を設けるなど、復旧、復興に向けた(簡単ではありませんが)動きも始まりました。

 自分自身に出来ることを通じて、旦過の復旧、復興を支援していきたいと思います。応援しています!!

 

(cf.) ・旦過市場HP (https://www.tangaichiba.jp/)

     ウェブサイト内の動画を是非ご覧下さい。ユーチューバーの方のは今の旦過の若手経営者の方々の動きやうまいものが良く分かるし、大學堂の方(ファレル・ウィリアムズ「ハッピー」)は、自分が北九州にいた頃の動画ですが、本当に幸せな気分になれます。

   ・大學堂HP (https://www.daigakudo.net/)

  ・北九州市HP

       (https://www.city.kitakyushu.lg.jp/san-kei/099_00011.html)

 

 

2022年4月 5日 (火)

過去、現在、未来

2022年4月5日(火) 過去、現在、未来

 今日のお昼、市役所内の群馬銀行の出張所で水道料金の口座振替の手続きをした帰り(引越し当初は、こういう手続きが山のようにあります。)、ホールを通りかかると、NHK朝ドラ『カムカムエヴリバディ』の再放送が流れていました。ちょうど森山良子さん演ずるアニー・ヒラカワの独白が始まり、それをラジオを通じて深津絵里さん演ずる「るい」が聴くというシーンでした。

 圧巻でした。思わず立ち止まり、独白が終わるまで見入ってしまいました。しゃべっている森山さんは全く画面に登場せず、若干の回想シーンは入るものの、基本的には深津絵里さんの表情の変化だけで見せる。何が凄いと言って、その放送が流れている「今」しか映像では流れていないのに、過去の深い心の傷、現在に至る感情の変化、そして恐らくはそうなるであろうと思わせる未来の赦しまでが、「るい」の表情の変化の中で感じ取れるというところ。深津絵里という女優の凄まじさを痛感させる怪演の賜ではあるのですが、こういう方式を採用した演出の決断も素晴らしかったと思います。圧倒的な5分間でした。

 この感覚、どこかであったなぁと振り返ってみると、昨年、2度にわたって観た映画『ドライブ・マイ・カー』。主人公である家福の回想シーンは出てくるのですが、ドライバー渡利みさきの方は実はほぼ回想シーンがありません。そんな馬鹿な、と思われたかも知れませんが、彼女のエピソードは、ほとんどが車の中等での「現在」の語りで提示されるものです。それが説明的になっていないのは、渡利みさきを演じた三浦透子さんの演技、語りの賜なのですが、それが静謐な映画の雰囲気に上手くマッチしていたと思います。

 何はともあれ、今日の5分間は、適うならば今週末のダイジェスト版でも、今後作られるであろう総集編でもカットせずにそのまま流して欲しい。個人的には、“朝ドラ史上に残る5分間”だったと思います。

2022年3月19日 (土)

またまた新しい世界 or 原点回帰

2022年3月19日(土) またまた新しい世界 or 原点回帰

 昨日、市議会の同意をいただき、4月1日から群馬県伊勢崎市の副市長に就任することになりました。伊勢崎市は、群馬県南部、前橋市や太田市等、更に南は埼玉県にも隣接する人口21万人余りの街です。これを、また新しい世界と言うべきか、或いは30年以上慣れ親しんできた地方自治の現場ということで原点回帰と言うべきか。恐らくはどちらも正しいのでしょうが、ここは所変われば品変わるということで、また新たな気持ちで臨んでいきたいと思います。

 昨年ご報告した新しい世界(MTEC新しい世界・再び: ぶろぐby藤原通孝 (cocolog-nifty.com))では、目から鱗が落ちるような斬新な気づき、経験を数多くすることができました。同時に、今回報道が流れた折りに、Facebookで友人が「藤原が自治体に帰ってくる!」と紹介してくれたことが本当に嬉しかったことも確かです。そんな、過去、現在、そして未来の出会いに感謝しつつ、新しい世界に踏み出していきたい。

 自治体は、今、コロナ、災害、少子化、DX、地域活性化等々、多くの課題に直面しています。でも、現場だからこそ、課題もあれば解決もある。一つひとつ、仲間と共に、取り組んでいきたいと思います。

 引き続きどうぞ宜しくお願いします!!

2022年2月27日 (日)

戦争の終わらせ方、について考えたこと

2022年2月27日(日) 戦争の終わらせ方、について考えたこと

 3日前のブログで、ロシア(プーチン大統領)のウクライナ侵攻を強く非難するエントリーを書きました。15年来やっているこのブログで、怒りを正面から表したことは実は数回しかありません。それだけのことだと考えたということであり、普段は「恩はブログに刻み、恨みは水に流せ」というブログを始めた頃に教えてもらったことを実践しているからでもあるんですが、そもそも(1)それが本当に「正しい」ことなのか、情報量が不足しているだけなのではないか、(2)仮にそれが本当に「正しい」ことだったとして、それを言う(書く)だけでは自己満足に過ぎないのではないか、という懸念がつきまとうからという側面もあります。

 一つ目の懸念については、ある意味常に気にかけてきたことでした。ただ、情報は常に不完全なので、判断しないデメリットの方が大きいと考えられる場合には、その時点の情報で判断する。必要があれば躊躇なく修正する。これしかありません。二点目については、特に今回のような「正しいと思われること」(戦争はやるべきではない、少なくともやらないに越したことはないというのは多くの賛同を得られる意見でしょう)を主張するときには、余計に気をつけています。綺麗事を言って気持ちよくなっているだけで、何も問題を解決できていないのではないか。今回の場合、そう考えて躊躇する人も多いのではないでしょうか。

 しかし、この点についても、今回の場合、世界中の普通の市民がそういう声を上げることが重要なのだと考えています。自分は、このことを北九州を初めとしたこれまでの勤務地での経験で学びました。つまり、我々は手榴弾もロケットランチャーも持っていない(分かる人は分かるという話で恐縮です。)けれども、自ら言えることを自らが言える手段で表明することにより、そう考えている人間が自分たちの周囲に山のようにいるのだということを皆が理解し、確認することができる。そして、そのことが山を動かす力となる。

 欧米諸国が、当初躊躇したSWIFTからのロシア金融機関の排除に踏み切る方向で合意したのも、ロシアの軍事侵攻が止まらない状況を踏まえてではありますが、それと同時に世界中で巻き起こる世論が影響したことも間違いないと思います。そして、このことはこれから先も重要です。厳しい経済制裁は、比喩的ではありますが返り血を浴びることもある。そのときに、踏みとどまれるか。

 なかなか「戦争の終わらせ方」という当初設定したテーマに行き着きません。決して夢物語を語れる状況にないことは間違いありませんが、その中で、今後の帰趨を決めるのは、軍事状況に加えてロシア国内の世論の動向だと思います。そのためにも、ロシアの内外を問わない世論のサポートが引き続き必要となると考えています。

 長文の私的な備忘録になってしまい恐縮ですが、もう一度繰り返しておきたいと思います。「♯戦争をやめろ」「♯Stop the War

«「♯ 戦争をやめろ」 「♯ Stop the War」