2009年6月 7日 (日)

展覧会の絵

2009年6月7日(日) 展覧会の絵

昨日、子供たちの学校で開かれた髙木竜馬さんのピアノリサイタルに夫婦で行ってきました。彼は、同じ学校に通う高校2年生。とは言え、世界各地のコンクールで入賞を重ねているだけあって、堂々たる圧巻の演奏でした。

中でも、ムソルグスキーの『展覧会の絵』。今までもパーツ、パーツでは聴いたことがあって、何となく知っている気になっていましたが、この日、全編を通して聴くことができて、まったく違う印象を持ちました。1枚1枚の絵に緊張感を持って対峙し、ふうっと息を吐いて次の絵に移る、そういう息遣いが聞こえてきそうな気がしました。そうか、こういう音楽だったんだ。シンプルなステージにぽつんと置かれたピアノから、それだけの世界、物語を立ち上げる髙木さんの卓越した技量あってのことなのですが、ムソルグスキーと、そして髙木さんと一緒に絵を観て回っているような、そんな楽しい経験でした。

帰り際、楽屋でちらと見かけた髙木さんはあどけない顔をした(失礼)普通の高校生でした。その若さ溢れる素晴らしい演奏に心から賞賛の拍手を送るとともに(会場でも、ブラヴォーと声がかかってましたが)、今後のご活躍を期待したいと思います。いいものを聴かせてもらいました。有難うございました。

2009年5月18日 (月)

信州の週末

2009年5月17日(日) 信州の週末

この週末、久しぶりに信州(長野、飯山)に行ってきました。

長野は今、善光寺の御開帳で、以前長野にいたころからお付き合いいただいている方々と、久々に出会い、歩き、飲み、かつ語るとても楽しい時間でした。色々な業種の方々と、10年近い年を経ても、まるで3日ぶりに会ったかのように、色々な話ができる、これはいい。

そして、今日は、これまた久しぶりに飯山線に揺られ、飯山正受庵へ。小雨の中、白隠蹴落としの坂(この脇の土手は、以前、自分たちが作務として萩を植えたところなのですが、根づいているのかどうか確認できませんでした。まあ、行ったことに意味があるのであって、そんなことはどうでもいいことなのかも知れません。)を上っていくと、改築なった本堂が見えてきました。本堂の縁側に座り、雨を眺め、雨音と蛙の鳴き声と、新緑の葉が風に鳴る(これは、本当に「鳴る」という感覚でした。)音とを聴き、暫しぼおっとしていました。さらに、庫裏に上がり、ご住職にもこれまた久しぶりに(という表現は何回目でしょうか)お目にかかり、訪れる方々も交え、色々なお話をすることができました。

新型インフルエンザの国内感染が拡がっています。徒に慌てず、しかし危機感を持って当たっていきたいと思います。

2009年4月 7日 (火)

桜と空

2009年4月7日(火) 桜と空

今、東京は桜が盛りです。

この4月、6年ぶりに東京に戻り、東京の盛りの桜を楽しんでいます。

職場は、平河町都道府県会館の6階、参議院議長公邸を臨んで、その向こうに満開の桜が見える風景は、何とも言えません。

それにしても、桜は空が似合うと思います。開いた空に手を伸ばすように咲きこぼれる桜の様子は、花の白さと空の白さが溶け合って、なかなかのものです。美しい満開の桜が楽しめるのも、もう暫く。このピュアな美しさを満喫したいと思います。

2009年3月25日 (水)

16分の6

2009年3月25日(水) 16分の6

 本日午後、石川嘉延静岡県知事が臨時の記者会見を行い、任期途中での辞職の意思を表明しました。昨秋来、テレビのワイドショーなどでも取り上げられた富士山静岡空港の立木問題に関連して、地権者からの要求に応じ、完全運用を実現すべく要求を受け入れるとしたものです。

 石川知事は、この7月で4期目の任期満了。つまり、もう少しで知事在任16年というところでした。この16年のうち6年を静岡で過ごさせていただいた自分にとって、学ぶことの多い上司でした。

 その自分も、この春、異動します。静岡赴任がつい昨日のようだとの思いもある一方、この間にあったことを思い起こせば、静岡に来たのが遥か昔のような・・今までの経験で言うと、こういう場合は、概ねいい日々を過ごさせていただいたときだと言って、間違いありません。色々な方、仕事、経験との出会いに、心から感謝します。

 いつも言っていることですが、この間、いただいたご縁を大切にして、これからに繋げていきたいと思っています。有難うございました。そして、これからもどうぞ宜しくお願いします。

2009年3月13日 (金)

松蔭寺と駿河湾

2009年3月13日(金) 松蔭寺と駿河湾

同じく先週末、沼津市原の松蔭寺に行ってきました。

もう6年前、静岡に来てすぐの頃に一度行ったきりでした。松蔭寺は、臨済宗中興の祖、白隠禅師ゆかりのお寺です。学生時代からご縁をいただいた奥信濃の正受庵(しょうじゅあん)の開祖正受老人が白隠禅師のお師匠さんに当たるということで、静岡に来たときから是非行こうと思っていたお寺でした。今回は、庫裏の改築中でもあり、工事現場のような状況でしたが、そこから5分少々で着く駿河湾も、やや風は冷たかったものの、伊豆半島から田子の浦まで見渡せて、本当に素敵でした。

正受庵前ご住職の酒井盤山師の追悼文集でも書いたのですが、自分にとって正受庵(そして松蔭寺も)は、何かあったとき(或いは何もなくても)立ち戻る不動点のようなものだと感じています。案外宗教の原点というのも、そういうところにあるのかも知れないなどと思った週末でした。

ワーク・ライフ・バランス

2009年3月13日(金) ワーク・ライフ・バランス

先週末(と言っても、既に次の週末が目前に迫っていますが)、静岡市が主催する男女共同参画講座「私のワーク・ライフ・バランス」に参加しました。

講師は静岡第一テレビの元アナウンサー竹内朱美さん、聞き手はSBS静岡放送テレビ夕刊編集長の西川美奈江さん。それぞれに仕事をしつつ、子どもを育てる素敵な友人です。

実は、自分でも旗振りをしつつも、「ワーク・ライフ・バランス」という言葉には、やや違和感を感じることがありました。仕事(ワーク)と生活(ライフ)とはそんなに決然と分けられるものか、仕事が全て、あるいは仕事中毒ということとは少し違って、仕事をするのも自分という人間である以上、個々人の生活、事情というものを基盤にしないと仕事も何もないのではないか、その意味で、『仕(ワーク)生(ライフ)一如』とでも言うべき状況こそが念頭に置くべきものではないのか、という疑念でした。

でも、この日、自然体の竹内さん、西川さんのお話を聞いていて、それはそうだとしても、自分の中の見渡し方として、「仕事」と「生活」をそれぞれに置いてみて、ウェイトのかけ方を調節するというのもしなやかな対応だなと感じたのでした。恐らくは、自然とそうなる、そうするということなのだろうと思います。

改めて得るものの大きい素敵な時間でした。有難うございました。

2009年2月 3日 (火)

『猫を抱いて象と泳ぐ』

2009年2月3日(火) 『猫を抱いて象と泳ぐ』

小説家、小川洋子さんの新作『猫を抱いて象と泳ぐ』(2009年、文藝春秋刊)を読みました。

 傑作だと思いました。敢えて言えば、後半やや重いかなという気もするのですが、それすら、主人公をいとおしむ気持ちがこちらにまで伝播していて、寧ろ自然な時の流れのようにも感じられます。この奇妙なタイトルも、読後は、これしかないという気までするのですから、本当に恐ろしい。虚空に新たな世界を創造する力は、まさに天才だと思いました。

 読書の好みなどというものは、本当に人それぞれで、実は自分自身も、最も影響を受けた作家は小川さんかと言えば、それは違います。しかし、彼女の天才は、デビュー作『揚羽蝶が壊れる時』、芥川賞受賞作『妊娠カレンダー』以来、疑うべくもなく、本作では、完成の域に達しているようにすら思えます(でも、自分としては、少しは隙のある初期の『シュガータイム』が、彼女の作品の中では最も気に入っているのですが。)。

 日本の文学賞は既にあらかた手にしたでしょうから、彼女には、日本人女性初のノーベル文学賞を獲ってほしいと思っています。その意味でも、彼女の本を訳せる力のある翻訳者の出現を願ってやみません。また、母国語で小川さんの小説を読める幸せも痛感しています。

 だから本読みはやめられない、と思える素敵な読書体験でした。

2009年1月 6日 (火)

深く根を張る

平成21年1月5日(月) 深く根を張る 

 家の近所の住宅街の真ん中に「ラシーヌ・プロフォンド」という仏料理屋があります。普通の食材がとても美味しい、素敵な店です。家族の誕生日、結婚記念日等々、何かと理由をつけて家族で食事に行きます。そのフランス語の意味は、「深く張った根」。

 今年、新年を迎えて想いました。リーマン・ショック以降の世界経済、そして静岡経済も、急速に景況が悪化しています。この落込みにどう対処するか。確かに100年に一度と言われるほど、大変な事態です。まさに「今、そこにある危機」に対応することも、とても重要です。静岡でも、明後日、松の内から国に先行して、雇用対策等を講じるための臨時議会を開きます。さらに、政治の状況も予断を許しません。ただ、そういう状況であるからこそ、慌しい時代の潮流に流されることなく、しっかりと根を張って、立ち向かっていきたいと思います。

 そういう意味で、しっかりと「深く根を張って」時代に立ち向かう。これを今年のモットーとしたいと思います。

 本年もどうぞよろしくお願いします。

2008年12月15日 (月)

名古屋にて

平成20年12月14日(日) 名古屋にて 

 昨日(もう日をまたいでしまったので、一昨日)13日の土曜日、名古屋のNPO法人参画プラネットさんに呼んで頂いて、参画プラネットさんが指定管理者を務めるつながれっとNAGOYA主催のワークショップ「市民・NPO・自治体をつなぐ、確かな協働~指定管理者制度に着目して~」に参加してきました。

 川北秀人さんの歯切れのいい速射砲のようなお話や、米原市公民館の指定管理者を務めるNPO法人FIELDの高見啓一さんの鋭い質問等々、本当に盛りだくさんで、お話をさせていただいた自分自身も非常に刺激を受けることのできた素敵な時間でした。

 的確で暖かい運営をしていただいた参画プラネットの皆さま、静岡からご一緒した男女共同参画フォーラムしずおかの松下さん、さらに地元名古屋はもとより、大阪、滋賀、岐阜、金沢と各所からご参加いただいた皆さまに感謝します。

 さらに、その後、皆と一緒に行った夕食で、とても美味しい味噌かつを頂きました。豚は、三島のもち豚とのこと、こんなところで静岡の食材に出逢った、その意味でもラッキーな宵でした。お店の名前は「気晴亭」。おいしかったです!

 

2008年11月19日 (水)

「絶対」ということ

2008年11月19日(水) 「絶対」ということ

「絶対」という言葉は、出来るだけ使わないようにしています。「当然」と人が言うときには、自信がないのではないか、と少し距離を置いて話を聴くことにしています。それでも、ここでは、敢えて言いたいと思います。

「絶対」に許せない。

 昨日の二人の元厚生事務次官の自宅が襲われた事件です。まだ、事の詳細はわかりません。色々な仮定の上で、何が許せないかと言えば、

(1)何事によらず、暴力で物事を解決しようというのは、根本的な誤りです。少 なくとも自分は、このことについて、確信(信仰と言ってもいいかもしれません。)を持っています。

(2) もし、年金を含む厚生労働行政に対する不平、不満が背景にあるのだとすれば、職を退いたOBを襲うのは、現役よりも襲いやすいからかというような識者のコメントもありましたが、極めて卑劣と言わなければなりません。

(3)さらに、OB自身ではなく、奥さんを襲っているのは、言語道断です。

今回の事件を5・15事件や2・26事件になぞらえるような報道もありましたが、5・15にしろ、2・26にしろ、配偶者のみを襲うようなことは決してしていません(5・15や、2・26を自分が許せないと思っている根拠は、(1)にあります。)。比すべきは、むしろ、9・11ではないか、とすら思います。

 いずれにせよ、一刻も早い犯人逮捕と事件の解明を望みます。自分も含め、「絶対」に許せないと考える多くの国民がその声を上げることもまた、続発を防ぐ意味で大きな意義を持つと考えた宵でした。

«断層線(フォルトライン)

最近のトラックバック

2009年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30