2008年7月10日 (木)

イーハトーヴォ

2008年7月10日(木) イーハトーヴォ

  先週末、静岡県岡部町の地酒BAR『イーハトーヴォ』に行って来ました。同町の蔵元「初亀」をはじめ、おいしい地酒が飲めるお店ということでお誘いをいただいたものです。

 しずてつバスで静岡から約40分、岡部役場前で降りた自分は、夏の夕日の中、20分ほどてくてく歩いてお店に向かいました。緩やかな山並みを望み、川の流れを聞きつつ、犬の散歩をしていたご近所の方からも声をかけられ、中学生のやり取りを遠く風景の一場面のように眺めながらのこの時間は、豊穣そのもの。貴重なとき、得がたい経験でした。

 そんな素敵な時間を過ごして到着した『イーハトーヴォ』のお酒と食事は、本当に最高でした。店主後藤さんのお勧めのお酒はもちろん、夏野菜一つ一つがとてもおいしく、かみ締めるように頂いてしまいました。

 貴重な仲間との貴重な時間。まさに宮沢賢治の理想郷「イーハトーヴォ」そのものでした。本当に有難うございました。


 ・・そう言えば、この「イーハトーヴォ」。ものの本によると、「イーハトーブ」(イーハトーヴォ)は、「岩手の卵」というエスペラント語をもじって宮沢賢治が作った「理想郷」を意味
する言葉だとのこと(参照、佐藤竜一『世界の作家 宮沢賢治 エスペラントとイーハトーブ』(2004、彩流社刊))。この「卵」という部分は、いや、そうではなくてロシア語の
語尾の影響だとする説もあって、確定していません。

 つまり、宮沢賢治自身の説明は、自筆とされる『注文の多い料理店』広告文というものしかなく、それによると
 「イーハトヴは一つの地名である。強て、その地点を求むるならばそれは、大小クラウスたちの耕してゐた、野原や、少女アリスが辿つた鏡の国と同じ世界の中、テパーンタール
砂漠の遥かな北東、イヴン王国の遠い東と考えられる。
 実にこれは著者の心象中にこの様な情景をもつて実在したドリームランドとしての日本岩手県である。・・」
ということなのです。

 この「大小クラウス」はアンデルセンから、「アリス」はルイス・キャロル、「テパーンタール砂漠」はタゴール、「イヴン王国」はトルストイからの引用だと見られるとのこと。

 なかなか奥が深いものです。
 自分自身も、今回、従来の誤解を改めることができました。
重ねて、感謝します。ありがとうございました。

2008年6月19日 (木)

協働作業

2008年6月18日(水) 協働作業

今日、ここ半年ほど取り組んできた一つの仕事に一区切りをつけることができました。色々なセクションのメンバーに、それぞれの立場の苦労があったと思います。難しい課題に取り組むという「苦労」に加え、いかに刻苦勉励しても自分の所だけでは解決できない、それこそ全国のカウンターパートと調整しないと一歩前にも行けないという「苦労」が加わります。

でも、この苦労、決して悪いことばかりではありません。色々なセクションのメンバーから、そして全国のカウンターパートから、新たな知恵、アイディアをいただき、一緒に作り上げるという経験は、なかなかのものです。これこそ、協働作業の妙味といったところでしょうか。

仕事の方は、この先もまだまだ課題山積ではあるのですが、まずは、一緒に苦労してくれたメンバーの皆に、そして、全国のカウンターパートの皆さんに、さらに、サポートしていただいた多くの方々に心から感謝したいと思います。ありがとうございました。そして、引き続き、どうぞよろしくお願いします。

2008年5月 7日 (水)

「政治」を「消費」する危うさ

 

2008年5月7日(水) 「政治」を「消費」する危うさ

連休中、ちょっと(ではないですね、とても)真面目なことを考えました。この間、道路特定財源の問題、後期高齢者医療制度(あるいは長寿医療制度)の問題等々、テレビのワイドショーなどでも毎日のように取り上げられ、専ら総理或いは政府の無策、不品行が糾弾されてきました。確かに、政府あるいは自治体の説明不足、安くなると言っていたのに高くなることもままあるという保険料、保険証の未着等々国民として文句を言いたくなることも沢山あります。

こうした事象を分かりやすく伝えるテレビ等の報道、あるいはすっきりとさばいて見せる政治的主張には、非常に大きな意義があると思います。自治体関係者として、直すべきは直して取り組むべきとも強く思います。ただ、その先に、どういう社会を描くかということを、同時に常に考えていくべき時期に自分たちは来ているとも同じように強く思うのです。

後期高齢者医療制度の問題を取ってみても、多額の医療費がかかる高齢者だけを区分して保険制度を設けても意味がない、という主張もそれなりの論拠があります。戦後日本を作り上げてきてくれた大恩ある高齢者に鞭打つような制度を作ってどうするんだという主張も感情的には首肯できます。

ただ、それなら、その分の経費を誰が負担するのか。全国民を保険者として(というのが極端だとしても、勤労者世帯(我々のことです。)も含めた保険制度の下で)制度構築、維持を図ろうという選択肢も十分ありえます。しかし、それは、勤労者世帯の更なる負担増なくしては成り立ち得ません(無駄な行政を排除して経費を生み出せという主張も尤もです。しかし、その際にも、どれくらいの経費がいつまでに生み出せるのか、冷静に検討する必要があると思います。)。結局、高揚した処罰感からは、何物も生み出されないからです。

分かりやすく切り捨てることも、必要なあるいは有用な場合もあると思います。まずは、行政の無駄、天下り、職員の不祥事をなくしてから言えという言葉も身に沁みます。ただ、その中に、時として「政治」を、あるいは「行政」を面白おかしく(しばしば腹立たしく)「消費」して済ませてしまっているような気がすることがあるのです。

現在、大きな政治課題あるいは行政課題となるような事柄は、往々にして、どのような選択をしても、いい面と悪い面とが両方あるというものが多いと思います。ある意味では、だからこそ政治問題化しているとも言えるのです。そういう問題について、100%いいことしか起こらないような解決策はまずありません。

だからと言って、所詮お上のやることは、と斜に構えていても問題が解決しないことは勿論です。自治体関係者である自分としては、施策のプラスとマイナスを出来る限り分かりやすく説明し、判断の根拠を提示すべく努力したいと思います。他方、多方面で情報の受け手でもある自分としては、面白く分かりやすい主張、報道の便益を十分に享受しつつも、単に情報として「消費」するだけではなく、それじゃあどうするんだというところにも是非想いを及ぼしたい、また、そうした論議、報道、論評にも大きな期待をしたいと思ったのでした。

2008年5月 1日 (木)

眼鏡デビュー

2008年5月1日(木) 眼鏡デビュー

私儀、このたび45歳の誕生日を期して眼鏡デビュー(?!) しました。45年も眼鏡なしの生活をしてくると、まだまだ違和感がありますが、他方で、そうか、こういうふうに見えるんだと、妙に新鮮な驚きもあります。

連休の合間、1日の休暇を取った今日は、上野の国立博物館に『国宝薬師寺展』を観に行きました。まずもって感動したのは、新緑の映える上野の森の木の葉の1枚1枚がくっきりと見えたことでした。今までは、一体として丸く緑の塊として(それでもとても美しい緑であることには変わりはないのですが)見えていたものが、当たり前ですが1枚1枚区切られたものとして目に映ったのでした。

また、薬師寺展の日光、月光菩薩立像は、本当に素敵でした。千数百年もの昔、これだけのものを作り上げたその祈りの強さと技術の高さに思いを馳せることができました。こちらは、眼鏡をはずして全体の印象を感得し、眼鏡をかけて細部を観るといった具合で、「一粒で二度美味しい」的ないい思いができました。個人的には、「聖観音菩薩立像」が気に入りました。優美な曲線を描く日光、月光菩薩も良いのですが、こちらの方は、まさに直立不動、さらにシンプルで純粋な祈りの形を観たような気がしました。

2008年3月19日 (水)

春風馬堤曲

2008年3月19日(水) 春風馬堤曲

この季節、ふと口ずさんでしまう文章があります。与謝蕪村の『春風馬堤曲』。春本番の空気を感じると、何の脈絡もなく「古駅の三両家、猫児妻を呼ぶ、妻来たらず・・」などとつぶやいていたりします。
 非常に素敵な漢文というのか古文というのか、リズム感のある文章なのですが、別に風流をひけらかしたい訳ではありません。自分がこの文章を読んだのは、高校の古文だか漢文だかの教科書。高校生活の最後に出会った文章でした。
 だから、自分にとってこの『春風馬堤曲』は、春の初めの駘蕩たる雰囲気と共に、「卒業」を想起させるものでもあったのです。
 昨日は、下の娘の小学校の卒業式でした。家族休暇を取って、素敵な式に出席して静岡に戻ってくる道すがら、またもや「春また春」などと言っている自分に気づいて、慌てて周りを見回してしまいました。

2008年3月 2日 (日)

NPOと指定管理者制度

2008年3月2日(日) NPOと指定管理者制度

 この週末、北は盛岡から西は広島まで、全国の女性センター、女性会館などの指定管理者を務めているNPOの方々が静岡に集まりました。5年前、この制度づくりの一端に携わった関係で自分も参加させていただき、「指定管理者制度誕生の背景と目的」という凄い(?!) お題をいただいて、話をさせてもらいました。こういう機会に常に思うのは、現場で頑張っている方々の凄さ、元気さ、面白さです。大変なことも勿論たくさんあるのですが、それを含めたパワーのようなものを常に感じ、おなかいっぱい頂くことが出来るような気がします。

 それぞれにお互いに成長し合える関係でいたい、と強く感じました。焼津に転戦(?!) された皆さんの情報交換も引き続き盛り上がったでしょう。準備をいただいた皆さま、貴重な機会を頂き、本当にありがとうございました。

 そして、静岡に集った全国の皆さん、期待してます!

2008年2月19日 (火)

再会

2008年2月19日(火) 再 会

 昨日、ひょんなことから、27年付き合った「旧友」と2年ぶりに再会しました。「旧友」と言っても人ではなく、中学のときに買った腕時計のことです。高校、大学の受験のときも、就職の面接のときも、仕事で徹夜した朝も、いつも自分の腕にあった時計でした。「君みたいな人が内需拡大を妨げるんだ」と言われたことも懐かしい思い出です。そんな時計を、2年前なくしてしまいました。あきらめきれず、1か月ほど探しつづけていたのですが、見つからないときは見つからないもので、仕事に差し支えることもあり、新たな相棒を求めたのでした。

今日、分解掃除に出しました。部品交換が必要になると、もう部品を作っていないので出来ないかもしれないと言われつつも、何かしら御礼(?!) をしたいという気持ちでした。帰ってきてくれてありがとう。

今日は二十四節季の「雨水」。一足早く、春が来たような心持ちです。

2008年1月 6日 (日)

顔を上げる

2008年1月6日(日) 顔を上げる

 明けましておめでとうございます。

2008年、平成で言えば20年が始まりました。今年は、北京五輪あり、アメリカ、ロシアの大統領選あり、北海道洞爺湖サミットあり。話題には事欠かない一年になりそうです。4日、仕事始めで、職場の同僚の皆と、今年のテーマを『顔を上げよう』としようという話をしました。仕事に煮詰まったときは、顔を上げよう。顔を上げれば、違う風景も見えてくる。しっかりと顔を上げて、物を見る、語る、実行する。そのためにも、健康第一。と、こうして観ると、まあ、当たり前のことを言っただけという観もありますが、それでもやはり、そんなことを頭に置いておくことが大切だと思っています。年末来、やや風邪気味。顔を上げて、人に風邪を移さないよう(?!) 、早く直さねば。。

本年もどうぞ宜しくお願いします。

2007年12月17日 (月)

神の領域

2007年12月17日(月) 神の領域

 昨晩、サッカーのクラブワールドカップを観ました(TVで)。ACミランが4-2で優勝したのですが、ミランのサッカーのレベルの高さが際立った試合だったように感じました。中でも最優秀選手となったカカ選手は、この試合も1ゴール2アシスト。自らゴールを決めた際、ユニフォームの下のアンダーシャツをスタンドに向けました。そこには、「I BELONG TO JESUS」の文字が。敬虔なキリスト教徒ならではということでもあるのでしょうが、寧ろ、神の方がカカについているような、そんな気までしてしまうようなプレーでした。いいものを見せてもらいました。

2007年10月29日 (月)

近視(老眼?)の効用

2007年10月28日(日) 近視(老眼?)の効用

 今夜、静岡に戻ってきたとき、台風一過の冴えた夜空に、大きな大きな月を見ました。余りにも大きくて、驚いて目をこすり、もう一度見直すと、満月をやや過ぎた十六夜、あるいは立待ちの月が、幾重かに重なって見えていて、実物以上に大きく自分の目には映ったのでした。

幾重かに重なって見えたのは、自分の目のせいです。

元々、小さい頃から目だけはよくて、ずっと裸眼を通してきたのですが、ここへ来て、近視と老眼が同時にやってきて、近くも遠くも見えにくくなっていました。結構焦っていたときもあったのですが、これまたここの所、まあ、そんなに物事隅々まで細かくはっきり見える必要があることは滅多にない、ということにも気づき、妙に悟りの境地(?!) に至っていたところでした。

そんな今夜、実物以上に大きな素敵な月を見て、ちょっと得をした気分になりました。近視(老眼?)も、なかなかのものです。

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