「絶対」ということ
2008年11月19日(水) 「絶対」ということ
「絶対」という言葉は、出来るだけ使わないようにしています。「当然」と人が言うときには、自信がないのではないか、と少し距離を置いて話を聴くことにしています。それでも、ここでは、敢えて言いたいと思います。
「絶対」に許せない。
昨日の二人の元厚生事務次官の自宅が襲われた事件です。まだ、事の詳細はわかりません。色々な仮定の上で、何が許せないかと言えば、
(1)何事によらず、暴力で物事を解決しようというのは、根本的な誤りです。少 なくとも自分は、このことについて、確信(信仰と言ってもいいかもしれません。)を持っています。
(2) もし、年金を含む厚生労働行政に対する不平、不満が背景にあるのだとすれば、職を退いたOBを襲うのは、現役よりも襲いやすいからかというような識者のコメントもありましたが、極めて卑劣と言わなければなりません。
(3)さらに、OB自身ではなく、奥さんを襲っているのは、言語道断です。
今回の事件を5・15事件や2・26事件になぞらえるような報道もありましたが、5・15にしろ、2・26にしろ、配偶者のみを襲うようなことは決してしていません(5・15や、2・26を自分が許せないと思っている根拠は、(1)にあります。)。比すべきは、むしろ、9・11ではないか、とすら思います。
いずれにせよ、一刻も早い犯人逮捕と事件の解明を望みます。自分も含め、「絶対」に許せないと考える多くの国民がその声を上げることもまた、続発を防ぐ意味で大きな意義を持つと考えた宵でした。


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